*photo by  keiko kobayashi (SCRAPPY)

”理想のお客様を引き寄せるスタイリング”
スタイリスト  Yukari Nakayama(中山ユカリ)です。

このサイトを見つけてくださってありがとうございます。

私の体験が、あなたをとおった時
私色mixあなた色にremakeされ、新しい個性を持ってあなたから発信されること
あなたならではのモノがさらに引き出されるきっかけとなりますように。

願いを込めて手渡します。

初めて自分で絶ち離れた場所は ”家庭”
子育ても妻も嫁としても、全て充実させて幸せな時間を味わうために。

この時代は”第二の私が目覚める”ことになります。

 

長い長い迷走の始まり

波に乗る ”離れる” だったこれまで
結婚&出産は初めて自分で絶った”離れる”
これまでの ”離れる” との違いにまだ気づいていない。

この時、無意識に意識していたのは ”頭で考え、自分の心を置き去りにすること” 
これが、この後の長い長い迷走へ入ることになる・・・。

こうありたい→ねばならないへ

家を建て祖父母と同居することになってから、私が生まれた。3人兄弟の次女。
そこから共働きになった私の両親。
私の両親の記憶は、ほぼ働いている姿。
私は当然、祖父母っ子。
幼稚園の送り迎え・具合が悪い時の病院通い・寝るときなど、常に祖父母と一緒だった。
いまだに実家へ帰ると、ご近所の方から
「小さい時はいつも、じぃちゃ~んって、おじいちゃんの後をついてまわってたよね~。」と言われる。

結婚、出産した私。無意識に全てを完璧にこなしたい=(こなせる)と思っていた。
学校から帰ってきた子どもを、お帰りなさいって迎えてあげたいと思っていた。
どこかで、私なら楽にできるという自信があった。
完璧にこなす=私の架空の家庭像 なのだけれど。

義母を敬い本当の母として慕い、
子どものよき理解者&優しい母、
夫を支え&人生の最高のパートナーみたいな。

テレビドラマによくあるような架空の家庭像の中に、今までの自分は居たのだろうか?
結婚前の自分と結婚後の自分、違う人格を理想としていたことに気づいていない。
この家庭像の中に「仕事」が入っていなかった事にも違和感を感じていない。
感じないようにしていた。そのことにすら気づいていない。

架空の家庭像の中の自分を追いかけることに夢中だった。
今までの考えを捨て、この場所に沿う思考に馴染むことが素晴らしいことと思っていた。
結婚したのだから。人を育てるのだから。
だから、今までの自分ではないものを求めていた。

自分で作った架空の ”家庭像になりたい” が、いつしか ”そうねばならない” へ変わっていく。

すべて無意識・無感情で起こっていることだった。
自分を感じなくさせていた。

結婚して間もなく胃の激痛に襲われるようになり、義父が飲んでいたという鎮痛剤が常備薬になっていた。
しばらく経った頃病院で、胃に穴が開いているといわれた。

プロローグ5にも少し書きましたが、これまでの生活は睡眠時間4~5時間で不規則なうえに、1日中外を歩きまわっているハードスケジュール。
なのに、家庭にいる私が病気になるなんて!

もっと、頑張らなきゃ、もっとしっかりしなきゃ、心配かけちゃいけない!って、そう思っていた。

封印

そうやって、すでに持っているモノに目を向けず、足りないものに焦点を当てながら、新しい自分を本当の自分と思い込んでいた。
そこそこの幸せを感じるために。
相手の気持ちを優先し、周りに合わせ、そこからほんの少しだけ光らせたい。
けど、自分の価値を相手軸にしている以上、ほんの少しの光すらも自分に許してあげられなかった。

今、こうして振り返られるのは、
この時のほんの少しだけ光らせたい気持ちを
完全deleteしていなかったからかもしれない。
この、ほんの少しだけの光らせたい気持ちが、本物の自分

頑張ることも、人に頼らないことも、心配かけないことも全て、
自分をどんどん閉じ込めて小さく小さく生きていた。
相手軸の私は、自分をどんどん差し出して空回りしながらも、
ほんの少しの本当の自分はいつも何かを探し求めていた。

自分の居場所。

この居場所を求めてこのころの私は、次々と何かを始めていた。
夢中になれるもの。好きなものが欲しかった。
そこに居れば時間がたつことを忘れ、ただ ”今ここ” に集中できるもの。

ほんの少しの本物の自分は、
本当に好きなものを自分から ”離れ” 封じ込めた私に、
何度も何度もメッセージをくれていたのに、それすらも感じなく封印していた。

本物の自分に気づくのが怖かったのだろう。
本物が出てきたら、架空の理想像を作れなくなることを認めたくなかった。
”もう過去のこと” この一言で私は本物の自分をしっかり封印し、
理想像に足りない自分を一生懸命満たそうとしていた。

次々と何をやっても長続きしない。
長続きしないのは、本当に好きなことに巡り会っていないからだと、また次へ。
その経験がいつしか、
私は中途半端な人間だ、何も持っていない価値がない人間だと思うようになり、
それを振り払うために、また次へ。

外から見ると、次々と新しいことを始められる器用でエネルギッシュな人。
誰とでも付き合える社交的な人、と思われていたと思う。
その相手軸のイメージを生きる理想像だったから。

そういう意味では、全て思い通りの生き方だった。

脱迷走


*photo by  keiko kobayashi (SCRAPPY)

ある時、また身体に不調が。
めまい。
普通に過ごしているのだけれど、めまいがはじまると世界がいつも揺れている。
地に足がついていない、ふわっとしている感じが何とも落ち着かなかった。
専門の病院へ行っても原因はなく、症状もない。
その症状がおさまったころ、今度は
急性嘔吐下痢&過呼吸困難で座っていられない。
急激に血圧が下がっていく感じ。
その場で倒れこみ、
全身に異常なくらい汗をかきながら呼吸がおさまるのを待つ。
この症状は前兆なく急に始まる。
あらわれる期間がどんどん短くなって、3か月に1度ほどを切り始めたころ
病院でいろいろ検査してもらっても、
その時に症状がないので当然何もわからず原因不明。
先生へ症状を話すと
「そうそう、死ぬ時ってそんな感じよ。全部出ちゃうのよ。相当血圧が下がってたのかな?」
と、さらっと言われた。← (えっ??死ぬ時って・・!? コレ、本当の話ですw)
それでもこの症状がおさまらなく、”今度はいつ来るんだろう” と不安になる。
紹介してもらったホメオパスの先生に強いストレスと言われた。
その先生は
「けど、体に出るっていいことだよ。それをすることで体のバランスを取ってるんだよ。そうしないと、もっとため込んでしまうからね。」と。
初めてほんの少し自分の声を聴くようになった。

ちょうど同じ頃、家庭で莫大な借金をかかえたのと
感情のワークをはじめたことがほぼ同時に起こっていたのもきっかけだった。

借金を知った私はさらに頑張り、もう、目からの情報・耳からの情報・言葉で発信することetc・・・
何もかも入らない、パンパンだった。
この症状がこの時の私の全てを語っていた。
けど、この症状が私を救ってくれた。
どうにか抜け出したい。
体に意識をむけると、必然に心と繋がる。

どれだけ自分が自分を認めようとしてこなかったか。
これまで積み重ねてきた自分の好きを閉じ込めて、
本当に向き合うべき大切な自分と家族を自分の架空の理想像に置き換えて
現実を生きながら ”今” を見てこなかった。
地に足がついていない ”めまい” からのメッセージ、
足りていないと次々入れ込んだ架空の理想像を ”急性嘔吐下痢&過呼吸困難” で手放すメッセージ。
本当に向き合うべき大切な自分と家族へ ”莫大な借金” というメッセージ。

ここまできてようやく、

どう生きたいのか?

と、ほんの少しだけ光らせたかった本物の自分に気づき始めた。

目覚め

知識として頭で理解していることと、
それが人生の一部となって ”生きはじめる” こととは、全く別のこと。
今まで当然と思っていたことが、あるとき突然、みぞおちにストレートに落ちてくる感覚。
その瞬間に、自分の一部となる。

いつもの経験をこう感じることがすこしずつ増えてきた。
同時に懐かしいあの時の感覚も思いだしていた。
夢中で好きだけを追いかけていたころの自分。

最初はちょっと恥ずかしかったけど、
自分で自分を認めてあげたら不思議とピタッとはまる感じがした。

振り切れる


photo by  keiko kobayashi (SCRAPPY)

取り戻した、この感覚!
好きなこと、ずっと自分の中にあったんだ!
気づかないふりしててごめんね!

もっと自由に、枠なんていらない
自分を信じて前に進む!

そう思っていたころ、友人の紹介でSNSを使った事業の進め方を習いに行く。

自分を取り戻したタイミングで一気に駆け上がれると、
ほんの少しの違和感を振り払い、ここから完全に抜け出すことに必死だった。
(このころのことはインスピレーションに素直になるに書いていますのでそちらを読んでね!)

まだ頭と体が分離しているtoki 。
知識として理解しているけど体験をくぐっていないから、みぞおちに落とし込めない。
ほんの少しの違和感を、頭で考えた理由で振り払う。

けど、完全に振り払えないから漠然とした不安として残る。
不安は恐れになり、恐れを忘れるために爆走する。

振り切れていた。完全に。

久しぶりの懐かしい感覚に、今のやり方を取り入れて一気に駆け上がれる。
そう考えていた。
恐れは成功に執着し、ここでもまた ”ねばならない” に取りつかれていた。

”成功”
があるとしたら、ありのままの自分でいることが最大の成功なのかもしれないけれど
どうやったってイコールにならないものを結びつけようともがいていた。
イコールにならないモノを目に見えるカタチにしようと収入や数と照らし合わせていた。
もちろん、借金への不安と恐れもあったからだけど、
そこと向き合わずに好きなことをカタチにすることで、全てが解決すると思っていた。

やればやるほど自分がどこに居るのかわからなくなった。
探し求めていた居場所どころか、自分の居場所も分からない。
本当に向き合うべき家族のはずが、
それは ”この時思っていた成功” の先にあるとひたすら走っていた。

頭で考え、自分の心を置き去りにすること” をまた繰り返していた。

「そんなことしてたらまた同じ繰り返しだよ」
直球ストレートに衝撃パンチをくらった!
大切な友達、Aiちゃん
(裏ブログ「はじめまして」にも紹介しているのでこちらも読んでね!)
この一言がきっかけで、すでに自分の中にあるモノや家族と向き合うという
”立ち止まる勇気” をもらった。
そして、オリジナルメソッドのアロママッサージ&鍼で体から心から自分と繋げてくれた。
彼女とはそれがきっかけで ”フレグラッセンス” 活動がはじまり、

なんの勇気も なんの頑張りも要らない。
思考の迷路から抜ける。

じぶんの体・じぶんの感覚を使えば
【じぶん基準の好き】が見つかる。  by 佐藤 愛

という感覚をストレートに落とし込んでくれた。

成功をただ収入の量のみで図るなら、
行動の量はある程度、起因になるかもしれないけれど、
結局、幸せとは程遠いものになる。

私にとって大切なモノは私自身の人生。どう生きたいか。
誰とどこでどんなふうに生きたいか。
その道中にあるモノに、目を背けたり、ふたをしたりすることは幸せと逆行している。

気づかないふりをするのはもうやめよう。
知識として頭で理解していることと、
それが人生の一部となって ”生きはじめる” こととは、全く別のこと。

全部、机上に載せて見てみよう。
1つ1つ整理して、今できること、自分の問題と相手の問題に境界線を引く。

そう決めて、再び立ち止まる。
本当の自分を生きるため、何度も何度もメッセージを貰っていた。
どこに生きるか?
どう生活するか?
誰と生きるか?
どういう関係の中で生きるか?

自分自身に本当に必要なものは何か?
それはどうしたら手に入るか?
それを使ってどこでどのように生きていくのかを、選び抜く
みぞおちにストレートに落ちる感覚を、
自分の一部にするために必要な、長い封印~の爆走だった。