プロローグ2 憧れ

*photo *photo by  keiko kobayashi (SCRAPPY)

”あなたでいることがあなたの肩書”
プロップスタイリスト kari (カーリ)です

このサイトを見つけてくださってありがとうございます。

私の体験が、あなたをとおった時
私色mixあなた色にremakeされ、新しい個性を持ってあなたから発信されること
あなたならではのモノがさらに引き出されるきっかけとなりますように。

願いを込めて手渡します。

今回は、いよいよ憧れの専門学校Life!
何かと自由に生きてきた私。さて、何を体験するのでしょう!?

 

 同じこと・ルール

・学生寮に入ること
・2年間のみ。卒業したら実家へ戻ること

私はこの2つを父と約束し、上京したのです。が、今も東京で暮らしています。
はい!そのとうり~
上京し、まずはどうしたら一人暮らしができるかを考えていました。

誰かと同じが嫌” な私が、みんなと同じことをするルールだらけの寮生活に馴染むわけもなく。
入寮後間もなく、夜な夜な高い塀をよじ登って脱走を繰り返す。
数日しか寮生活の記憶がありません。
門限8時。食事の時間、お風呂の時間は全て時間制限。
課題に取り組める大きな教室にはミシンなど必要なものが全て揃っていたのですが、そこも時間制限と順番待ち。
なんといっても、就寝前の点呼が最悪。
全員が部屋の前に立ち、寮母が点呼を取りに来る、よく映画で見るシーンがそのままです。
管理されている”と感じることに息苦しく、一人暮らしの友達の家に入り浸っていました。

一方で、たまに帰ってくる寮では他科の友達との交流が楽しかった。
私の脱走劇も面白がって応援してくれていて、点呼時の上手い言い訳をはじめ、
他部屋からのほうが抜け出しやすく、また別の部屋からのほうが入りやすいなど、
あの手この手を考えてくれ、部屋も提供してくれたりと協力者が増えていきました。
初めて生まれ育った県から出た私は、他県の情報を聞けることや、周りのセンスの良さを目の当たりにして、
かなり良い刺激を受けた期間でした。

違うということ

学習内容は座学以外にも体験学習がふんだんにあり、とにかく提出課題が多いこと以外はとっても自由だった。
ほとんどが作品作りなので、ペーパーテストのように一夜漬けが効かない=手抜きができない。
時間がなくても期限までに提出しなけければ、”期限後” というハンコを押され、点数は半減!
毎晩必死で作品と向き合っていた。
ここでは、みんなが違うので、”同じことの逆をすればいい”みたいな今までのノウハウは通用しない。
けど、”自分を出すと取り上げてくれる”みたいな空気が好きだった。
厳格な父の元では、
「なぜ、人と同じことができない?お前は変わってる。」
と、いつも言われていたから。

周りはいつも無意識に”個性”を尊重していたのだと思う。
当時はそんなことを考えてもいなく、ただ ”好きか嫌いか” で判断していたのだけれど、
みんながその好き嫌いを大切にしていたのだと、今振り返って思う。
だから、違うことが心地よかった。

私の仲良し友達はピンクハウス大好きのフリフリファッション、エスニック好きなサイケファッション、カジュアル大好きなボーイッシュ、私はモノトーン基本のマニッシュスタイルと、それぞれ様々。
そんな思い思いのスタイルで、出てくるアイディアも様々。
課題制作の時などはいつも ”こだわりと発想” に刺激を受けていた。

”不協和音的な美” が好きなのはここが原点なのかな。

”違うものが組み合わさると想像以上のものが出来上がる” ことを無意識で体験していたのかもしれない。

突破

そんな自由を味わっていた私は、寮生活の苦痛が日に日に耐えられなくなる。

できることと言えば、手紙を書くこと
私は、毎日毎日父宛てに一人暮らしをしたいという嘆願書のような手紙を書き続け・・・

とうとう、夏休みの帰省時に ”横浜の叔父が選んだところに入居する。要望は聞かない” という条件付で、脱寮生活(って、ほとんど住んでいませんが)を果たすのです。

後に、父の押し入れから、私が書き続けた嘆願書の手紙すべてを大切にしまっていたのを見つけ、
心がチクリとなったのを覚えています。
”こんなただの嘆願書のようなものでも私からの手紙として扱っていてくれたのだ” と、父の優しさと寂しさを一度に味わったような、でも深くて暖かいものを感じた瞬間だった。

さて、気になる条件の一つ、”要望は聞かない” で案の定ですが
お年頃の女の子が一番テンションが下がる、絵にかいたような長屋的アパートで憧れの一人暮らしがスタートしました。


*イラスト by MASIRO

後に 有り難い こと

一人暮らしがはじまった頃は、学校の授業内容もどんどん本格的になってきた。

体験学習が多かったので、いろんな分野をのぞけたことは新しいものが好きな私にはピッタリだった。

・洋服の歴史
 (○○風みたいなものがイメージつきやすい)
・ファッションショーの裏方体験
 (ステージなどでのタイムスケジュールの把握)
・ウインドウディスプレイ
 (プロップスタイリングの基礎)
・洋裁 
 (洋服の構造がわかる、着心地、素材との相性・ラインの違い、襟ぐりのカタチなどスタイリングにつながることで一番多く助けられた。作る工程を知ることは出来上がりのこだわりを深くさせることを実感する)
・ファッションデザイン画 
 (生まれて初めて絵で褒められた!衣装デザインの提案)
・染め
 (衣装制作時に素材によって染め上がりの色が違うこと)
・アートフラワー制作
 (素材選び、切抜き、染め、コテを使用した形作り、組み合わせまでの工程を知る。質の見分けがつけられる)
・皮製品制作
 (異素材の組み合わせは面白いものができるきっかけ)
・色 補色、彩度、明度etc
 (トーン・色の違い、色から受けるイメージ、似合う色の見つけかた、補色、反対色など、色を見分けることが多くあったのでかなり助けられている)
・グラフックデザイン
 (全体の見せ方の構成)
・帽子制作
 (ブリムの幅と深さで決まること、帽子ならではの素材)
・ニット・刺繍制作
 (技術の特徴・種類、仕上がりまでの時間把握など)
などなど。

書き出すときりがない。
当時は ”なんでこんなことやるのかな~ スタイリストと関係ないじゃん”
と思っていたけど、
後に働き始めてからは、この体験にどれだけ救われたことか!
作られている工程を知ることは、作り上げる工程にを豊かにする。
()の中は後の仕事に関わった内容です^^

照らし合わせられるものが多いと初経験でもclientの最終目標のイメージに繋げやすい
ことをのちに実感するのです。

通わせてくれた両親に感謝!
教えてくださった先生方に感謝!

そしていよいよ卒業間近。
私は、就職活動をさっさとこなし、就職先が決まったという事後報告を両親へするのです。

結局、父との約束
・学生寮に入ること
・2年間のみ。卒業したら実家へ戻ること
の2つは最初から無かったことにするつもりで上京しているので、当時の私にとっては予定どおりの人生スタイルなのですが。

親になった今から思うと、もっと向き合って自分の気持ちを話してあげれば良かったと、当時の両親の気持ちを考えると、ただただ頭が下がるのみです。

さて、ここから私の ”3つの親に巡り会う” 本流が始まっていくことになるのです。

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